前回のブログにインドでも昔から快楽主義の考えチャールヴァーカ派哲学というのがあったと書きました。
一方、ヴェーダやヨーガの考えでは、修行をして、勉強をして、体も心も整え、宇宙と一体となることを目的としています。
快楽のみを追求すると執着が生まれ、手放すことが恐怖に感じるかもしれません。
ヨーガの考えでは、苦も楽も経験するだけで、その感情に依存せず、自分の内側を客観的に見ることが重要だと言っています。
快楽は一時的なものです。そこに幸せはない。
魂の喜びを感じることが至福なんだよ。と。
「無智とは有限、不浄、苦、非我のものを、無限、浄、楽、真我であると思うことである。」(ヨーガスートラ第2章5節)
ヨーガ療法の心理テストでも、このヨーガ・スートラを引用した項目があり、
苦・楽を調べるところで、
「この先ずっと楽だけして生きていたいか?」
「今の生活がずっと続けばいいと思うか?」
という問いがあります。
私は、いつもこの答えを「そう思う」もしくは「やや思う」に〇をしていました。
なぜなら、今が幸せなのでそれ以上望まない。今のままで十分だ。と思っているからです。
しかし、今回快楽主義の勉強をして分かりました。
生きるということは、楽も苦もいろんな経験をしてこそ見えるものがある。
分かることがある。ということです。
そしてその経験は自分の成長にも繋がるし、それが誰かの役に立つということです。
だから、
人生には、何歳になっても楽だけではないことが時々やってくるでしょう。
だけど、その経験は必要なことで何も恐れることではないのです。
どんどん成長してより良い人生を送りましょう。
そして最終目標は、
ヴェーダの考えの
「楽しいや苦しいと感じる心の働きをも、なくす。」
です。
まだまだ修行が必要です








